甘い噂の
         〜789女子高生シリーズ
 


       




聖バレンタインデーと期末考査が重なって、
成績にかかわる大ごとだしと、
勉強にのみ集中する…のは、なかなかに難しいお年ごろ。
いえね、お勉強だってきちんと済ませますよ?
だってこの1年の集大成、
別名、学年末考査なんだから。
ともすれば、赤点取った科目の最後の穴埋めの機会でもありますし。
逆に、ここで困った点数を取ったなら、
春休みなのに補習ということにも成りかねない。

  …と思いつつも、
  チョコレートの話題にはついつい目や耳が働くし、
  ロールケーキか しっとりオペラか。
  昨年はマカロンで苦戦しましたが、
  今年はスタンダードに生チョコにしましょうか?なんて。
  お勉強にと集まっていたはずが、
  気がつきゃお菓子の本を広げていた爲體。

 『だって、お年頃の女の子なんですもの。』
 『…………。(頷、頷)///////』
 『お二人とも、指定した英訳が済んでからおっしゃって。』

勉強しにと集まった先が、
お菓子の師匠でもある平八のところだったのが不味かった。
彼女自身も迷っていてのこと、
ついお部屋に出しっ放しにしていたそれらのご本の、
何とも魅惑的な表紙たちであることか。
それでと、お勉強会もそこそこ、
本命たちへは何を用意しましょうかという
今年の目論みの方をば先にやっつけの。
生チョコのトリュフと、あとは各々で贈り物をと決まったところで、

 『そういえば…
  お二人は“義理チョコ”とか“友チョコ”とかいうものは、
  用意しておいでなの?』

そうと切り出したのが七郎次。
口には出さないながら、父が期待しているようなので、
お世話になってる征樹様の分と一緒に、
チョコ風味の、そう、ブラウニーを焼こうかと思っているのですが、と。
そんな風に言い足したのへ、

 『ウチの家族はお花を贈り合うので、特にチョコ菓子は用意しません。』

さすがは本場アメリカだというしきたりがあるらしく、
ひなげしさんはそうと言い、
そんな彼女らのお声へ、ひょこりと小首を傾げたのが、
残りのお一人、紅ばらさんで。

 『久蔵殿も、確か昨年はマカロンを多めに焼いてらしたけれど。』
 『…。(頷)』

やはり平八に教わっての大苦戦した代物だけに、
素直にこくりと頷いて見せ、

 『結婚屋に。』

手短な言いようだったが、こっちは七郎次にあっさり通じたようで。
お世話になったので、ですね?
…。(頷)
というやりとりがあってのち、

 『父と じさまに。』

そうと口にしつつ、何かしら思い出した久蔵だったのは。
試験まで1週間前との告知があった日、
息抜きだか気晴らしだかで、
早上がりだった放課後に出掛けた、Q街のデパートのチョコレートフェア。
あの日の帰り、たまたま出くわした人物がいて、
ついでだからと貰ってしまった
チョコのアソートボックスだかがあったなぁという想起だったらしく。

 『あれは父にでもと。』

 『そうですね、
  貰ったものをそのまま当人へ渡すというのも芸がないですものね。』
 『…今のでよく通じますねぇ、シチさんたら。』

なんて やりとりがあったのが、先週の週末頃の話だったのだけれども。




 「で。そのアソートボックス。やっぱり『ポンパドール』のですか?」
 「…。(頷)」

今日はそれから数日ほど経った、期末考査の初日だというに、
妙なものを持って登校して来た紅ばらさんであり。
実はと、少々困惑気味のお顔になった久蔵が、
1時限目の試験開始直前に、
二人を手招きして階段の屋上の踊り場までをこそこそりと
駆け上がったそのまんま。
人目がないのを確かめつつ、サブバッグの中身を見せたのだが。
そこにあったのが、品のいい深い赤の包装紙に包まれた、
DVDケースを思わせるほどの厚さ小ささの包みが1つ。
見覚えのあるそれを、各々確認したお友達二人なのを見て取ると、

  それから続いてペロリと広げたのが1枚のレポート用紙。

そこには

  ―― もしかしたら盗聴器がついているかも知れぬので、
    不本意ではあるが 米侍に調べて貰えと、兵庫が。

と、綴られてある。

 「不本意って…。」

あの気難しそうな医師殿の、
苦虫をかみつぶしたようなお顔が
浮かぶようですねと平八が苦笑をすれば。

  ―― 勿論、今日中に保健室まで知らせに来いと、
    勝手に行動に出るなというクギも刺された。

二枚目のレポート用紙にはそうとも書かれてあって。
字こそ彼女のそれじゃああるが、
きっと傍に兵庫がついていての書かされたのに違いない。
前以てこういうものを用意してあるとは、何とも周到じゃああるが、

 「と…。」
 「〜〜〜。」

盗聴器?と繰り返しかかった七郎次だったのへ、
あわてて首を振った久蔵だという辺り、

 “気づいたこと、
  仕掛けた相手へ知られないようにということなんでしょうが。”

炙り出すつもりではないのなら、
いっそ気づいたことを気づかせた方がいいでしょうにねと。
こういう駆け引きにも
多少は…久蔵よりは通じておいでらしい平八が胸の内にて苦笑をし。
とはいえ、彼女の不安や案じようは重々判るので、
そのまま どれと包みを受け取りつつ、
制服のスカートのポッケから、
スマホではないらしい小型の携帯端末を引っ張り出す。
用意がないと判定なんて出来ぬと言い出すかと思や、
相変わらずのこの周到さであり。

 “そりゃあ、兵庫せんせえでなくともアテにしちゃうよねぇ。”

これこれ、シチさん。(苦笑)
機械の前面に幾つもあるボタンを幾つか押すと、
そのまま包みの上へとかざして見せ、

 「……うん、大丈夫。盗聴器の類いじゃあありません。」

今のこの声も、此処から聞こえては来ないでしょと微笑って見せたのへ、
胸元へ手を伏せ、見るからにほっとした久蔵が、
ぽつりと呟いたのが、

 「義理チョコの話で思い出すまで、放置していてな。」

そうだった貰ったのがあったんだと、
お勉強会での話の流れで思い出したこれ。
昨夜、確かめようとしたところ、
彼女のお部屋へ居合わせたメインクーンのくうちゃんが、
包みへ向けていやに背中の毛を逆立てて唸って見せたので。

 『人間には判らない何か、
  電波だとか薬品の匂いだとかを嗅ぎ取ったのかもしれないぞ。』

やはり同じくお部屋に居合わせていた榊せんせえが、
そんな風に案じたらしい。
その鋭さは買いますが、

 「不本意ながら私に調べて貰えというのはいささか勝手ですよね。」

不躾ですまんなという意味か、見るからに眉を下げた久蔵に、
おやこれは私にも判ったぞと頬笑んでから。
いやいや面倒だのどうのと言うんじゃなくてねと、平八が付け足したのが、

 「プロへ頼まなんだのがね。
  何だかだ言いつつも私の腕前を評価してるんだなと。」
 「あ……。」

まあもっとも、そういうところへ頼んだら、
あの三木さんチにそんなものが仕掛けられたらしいという噂が
パッと広がりもするから…という、大人の事情もあったのだろうけれど。

 「危険な薬品の反応とやらもありませんしね。」

包みのあちこちをぐるぐると眺め回しながら、

 「こんな薄くて軽いものへ仕込めるとなると、
  ICタグかなと思ったのですが。」

いつぞや、
まだ小さかったくうちゃんを
迷子として預かったお話の中でも登場したアレ。
こっちからの何かしら電波を当てたら、
情報を返すという迷子札のようなもの。
あくまでも情報を刻んであるだけというレベルの
ものだろと思うのですがと返す平八で。

 「盗聴や発信ともなりゃあ、電源が要りますし。」
 「あ、知ってます。
  だから、電池をセットする時計や電器製品とか、
  コンセントに差し込んで使うタップとかに仕込むんですよね。」

何とか盗聴バスターとかいう、警察密着番組を見ましたものと、
白百合さんが勇んで口にしたものの。

 「…意外な番組がお好きだったんですねぇ。」

平八がやや怪訝そうに眉をひそめたのは、
暗に、警察関係者が知己にいるのに?とも言いたかったからだろう。
そして、そうと思われるだろと織り込み済みらしい七郎次が言うには、

 「だって、勘兵衛様ったら、
  そういう話は一切してくれないんですもの。」

大方、要らぬ知恵をつけさせたかないからなんでしょうけれど。
知らなかったからますますのこと“どうして?”と、
好奇心に加速がかかるかも知れぬとは、どうして思わないのでしょうねと。

 「色んな意味から人を馬鹿にしていると思いません?」

ちょっぴりそっぽを向き、
ぷん…っなんて怒ったようなお顔になった七郎次だったものの、

 “ご本人には言えないんですよね、それ。”

つか、あの壮年の前にいるときは思いつきもしないのでしょうねと。
やはりお約束な情況を思い浮かべた平八であったのも、まま今はさておいて。

 「ただね。日が限られているものだというのなら、
  乾電池のもっと簡易なものとしての薬剤反応電池や、
  周囲からの熱や音波振動などから発電させる
  軽微な仕掛けを組み込めるんですよね。」

ほんの数日、1週間ほどだけ機能すればいいとか、
そのくらいの短い間だけ、此処だとその位置を発信し続けられたら十分とか。
それだったなら、常時 電源に繋いどく必要もありませんしねと、
至って淡々と語って下さり。

 「それと、これはまだ実際にそういうものを見たことがないのですが、
  その化学反応の応用で、何日か後に発動させられるよう、
  じわじわと染み出した薬剤同士が
  何日か後に箱の中で触れ合って反応するという
  気の長い導火線とでも言うのでしょうか、
  そんな代物を仕込んでいる危険性もありますが。」

どっちにしたって、危険な薬品は揮発性も高いので、
手渡された あれから何日経っていることか…。

 「だから。
  大丈夫ですから、二人とも
  ややこしい引っ付き合いをしないでくださいませ。」

 「…あ、ごめん。」
 「〜〜〜。//////」

唯一冷静なままの平八へ、左右から抱き着いた金髪娘二人だったのも、
まま、素人さんなのだからしょうがない反応か。
ごめんごめんと剥がれてくれたそのまんま、
それこそお嬢様らしからぬ態度でもって、
ほりほりと自分の頭を掻いて見せていた久蔵が、おやと顔を上げた所作に、

 「どうしました? 久蔵殿。」

シスターが見回りに来ましたか?と、
携帯で時間を確かめつつ訊いた七郎次だったけれど。
ううんとかぶりを振ってから、

 「……………一子。」
 「あ、えと…っ、は、はいっ!」

ぼそりとした一言へ、あたふた反応したお声が返って来たのが、
いっそ可愛らしかったその主は。

 「空木さん?」
 「何であなたが?」

そちら様は病弱な身ゆえ、
見るからに頼りなさげな痩躯は小枝のようでもあり。
久蔵とは幼稚舎時代からの付き合いがあるらしいが、
途中、中等部時代に長く休学したので
1年後輩にあたる、まだ一年生の女の子。
よって、彼女らの使う校舎はお隣りで、
偶然居合わせましたでは通らない距離があるのではと。
と言っても、今はまだ、
ちょっとした悪戯を見つけました程度の心持ちで
お声をかけた三人だったのだけれども。
そろりと姿を現した、か細く小柄なお友達の、
ちょっと思い詰めているよなお顔に気がつき、
あれれぇ?と、顔を見合わせてしまった、
三華のお姉様たちだったりしたのだった。




to be continued. ( 12.02.11.〜 )



NEXT


 *三人娘に“三華”なんていう呼び名がつきました。
  実態はともあれ、
(笑)
  周囲の皆様からは相変わらずに憧れの君らしいということで。


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